【江戸雑学草子】 第07回
2003年 10月15日
元祖!金ぷら
さて、前号で小判の話をしたのでちょっと続編。
貯金箱によく「千両」と書いている様に、小判を納める千両箱にそう書い
てあったのだろうか?
答えは、ノー。
しまった日付や金額ぐらいで、しかもその中にきっちり千両入れてあると
は限らない。
また、重さだが、小判の大きさは時代によって様々で、3.3g〜18g
だから、千両は3.3kg〜18kgとなる。
箱自体の重さと、鍵の重さを足すと、だいたい20kgぐらいだ。
一人で持ち運ぶには重い。
すると、安政の御金蔵破りの、藤岡藤十郎と富蔵が二人で一箱づつ運んだ
に違いない。
しかも、千両箱と言っても、中に入っているのが小判ばかりだとは限らな
いから、4箱で4000両だったかは、どうやら疑わしい。
歌舞伎の「四千両小判梅葉(しせんりょうこばんのうめのは)」の「四千
両」は、話を面白くする「誇張」であるに違いない。
何度も紹介しているが、八重洲にある割烹「嶋村」は、嘉永3年(1850年
)で、江戸城西ノ丸御用の仕出し屋さんとして創業した。
ここの名物の一つ「金ぷら」の由来は、その色からではなく、西の丸に治
めた後、料理番の役人がお客を饗応(きょうおう)するために、天ぷらの
下に小判1枚を敷くのだが、その小判を入れやすいような盛りつけしたか
らだ。
もちろん、今嶋村で金ぷらを頼んでも普通の盛りつけになっている。
だが、今流行の、京都風の白い揚げあがりと違い、てんぷらの衣に卵の黄
身をたっぷり使い、ごま油で揚げるので、金色に近い色合いが出ている。
うー、空きっ腹にこたえるー。(>_<)
割烹嶋村のホームページは↓こちら。
http://r.gnavi.co.jp/g202500/
次回もてんぷらネタか?すると欠かせないのが「鬼平犯科帳」
ご期待ください。
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