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【江戸雑学草子】 第10回

2003年10月29日

江戸エネルギー事情(1)


日本橋・八重洲にも屋台のお店は出ている。


 40年近く前、

 東京駅八重洲口からまっすぐ延びて、永代通りにつながるのが八重洲大通
 りは、今ほど幅が広くなかった。

 その通りの両端に、焼鳥屋の屋台がびっしり連なっていたそうだ。


 ヤギ薬局のすぐ向かえの角にあるカラオケの隣に夕方から深夜まで
 営業している屋台のラーメン屋がある。

 ラーメン1杯600円は、ちょっと引く。

 でも、私が帰る頃、必ず数人の酔客が屋台の前に座っている。

 飲んだあとの腹ごしらえだろうが、あまりおすすめしない。


 アルコールの処理で手一杯の肝臓を手こずらせ、

 しかも、あまり上等でない油もたっぷりスープに含まれているようだし、

 未処理の中性脂肪として血液をよどませるだけだ。


 東京駅八重洲口周辺には、屋台のラーメン屋は、あと3軒あるかな。

 ラーメン屋以外の屋台は見あたらない。


 料理には、水と火が必要だ。

 そのラーメン屋さんをみると、水はどこからか汲んできている様だ。

 火は、プロパンガスの丸いボンベを使っている。


 江戸の昔はどうだったか?

 夜鷹そば(よたかそば)は、七輪で火を使っていた。


 七輪をご存じ?


 今でも、料理屋で、小さい七輪で肉や、この季節だと松茸をテーブルで焼
 いたりする。

 あれだ。


 七輪は、元禄時代からあったそうだから、歴史は古い。

 燃料の炭代が、1分にも満たない7厘しかかからなかった事から
 「しちりん」と名付けられた。

 上方では、「かんてき」と呼ぶ。


 七輪ともう一つ、盛り切りに適した丼鉢が江戸の外食産業発展に大いに貢
 献したわけだ。


次回も、省エネ、リサイクルの江戸エネルギー事情について書きます。

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