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【江戸雑学草子】 第13回

2003年 11月14日

江戸創業老舗(日本橋通町編)

 

 江戸時代創業のお店(おたな)について書いたことがある。

 西川、山本山、柳屋、はいばらだけが、日本橋通町沿いに現存すると書い
 たが、まだまだあるよと、読者からお叱りをいただきました。

 今回、謹んで、追加させてもらいます。

  注)年号は、創業時のものです。なお、敬称は略させていただきます。


 日本橋の近くからですと、

 まず、

 榮太楼総本舗、安政4年(1857)。

  榮太楼の旦那は、私など話しも出来ないほどの町の重鎮だ。

  ある席で、「初代は、橋のたもとで屋台を開き、きんつばを売っていた
  んだ」ともうされていたが、

  「江戸東京学事典」(三省堂)にもそう書いてあった。

  榮太楼の旦那のざっくばらんな江戸っ子気質がうかがえる。


 黒江屋(漆器)、元禄年間

  榮太楼さんの隣なんだけど、のれんしか見たことない。

  漆器じゃ、縁はないか。


 通り町をぬけて、京橋側に入ると、

 これは、びっくり、手芸の越前屋、慶応元年(1865)。

  大名屋敷に提灯の房や文箱の飾り紐を売っていた。


 越前屋の並びにある、金物の西勘総本店、安政2年(1855)。


 通町沿いは、これくらいなんだが、

 通りをちょっと入った、通4丁目(今の日本橋3丁目5番地あたり)に、
 今八重洲1丁目8番地にある割烹嶋村が、嘉永3年(1850)に創業。


 ちょっと、話が飛ぶが、

 日本橋地区で一番古い薬屋は、

 ちょっと離れた人形町だが、高木清心丹、享和元年(1801)。

  こちらの旦那には、25年前の、ヤギ薬局開店時にお世話になったし、
  今でもかわいがってもらっている。


 八木と付く屋号のお店がある。

 三越本店の右斜め向かい乾物の八木長、元文2年(1736)


 室町、本町、人形町、神田まで足を伸ばすと、まだまだある。

 またの機会に!

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