【江戸雑学草子】 第20回

2003年12月08日

旗本退屈男


天下御免の向う傷。パッ!

 人呼んで旗本退屈男とは、身共がことだァ。パッ!


 いやもう、だ・い・と・う・り・ょ・う!!

 やんやの喝采だァ。


 市川右太衛門の当たり役、早乙女主水之介(さおとめもんどのすけ)。


 実は、市川右太衛門さんは、ヤギ薬局のお客様でした。

 亡くなる2年ほど前まで、ご自宅にも、配達していました。

 なつかしいです。


 で、ですね。

 早乙女主水之介が、事件を追って、全国を旅するじゃないですか?

 それって、不可能。


 幕臣の旗本、御家人は、将軍家を守る役目が第一で、

 江戸を離れる事は出来なかった。

 しかも、夜の外出もままならない。

 夜中の2時までに、自宅にいなければならない。

 もし、不在のことがばれると、お家取りつぶしだから、かなりきびしい決
 まりだ。


 では、旗本も人間で、たまには憂さも晴らすだろう。

 出かけられないのなら、呼べばよい。


 そのような幕臣の内情を、勝海舟が彼の主宰する「海軍塾」の塾生に語っ
 た一文がある。

 文久年間(1861〜1863年)、勝海舟が神戸海運操練所開設に走り
 回っていたころの話だ。坂本龍馬も彼の傍にいた。


  俺が操練所へ人材を諸藩から集め、門地に拘泥(こうでい=こだわる)
  することなく、一大共有の海局としようと言い出したのは、お前らも知
  ってのとおり、幕府旗本が腐りきっているからさ。

  俺は今役高千俵をもらっているが、もとは四十一俵の御家人で、赤貧洗
  うがごとしという内情を骨身に滲みて知っている。

  小旗本(こっぱたもと)は、生きるために器用になんでもやったものさ。

  何千石も禄をとる旗本は、茶屋などで勝手に遊興できねえ。

  そんなことが聞こえりゃ、すぐ罰をうける。

  だから、酒の相手に小旗本を呼ぶ。

  この連中に料理なんぞやらせりゃ、向島の茶屋の板前ぐらいに手際がいい。

  三味線も引けば踊りもやらかす。

  役者の声色(こわいろ)もつかう。

  女っ気がなくてさみしければ娘も連れてくる。

            「勝海舟、私に帰せず(上)」津本陽、潮出版社


 自分の屋敷で、ばくち場を開いていた旗本もいたらしい。


 俸禄は先祖の代で決まり、増えも減りもしない。

 徐々にだが、物価は上昇し、年々暮らしが苦しくなる。

 二百数十年、戦がないから、活躍しようにも、その場がない。


 旗本が、退屈であった事は間違いない。

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