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【江戸雑学草子】 第37回

2004年02月13日

本所達磨横丁

 浅草の観音様とか、日本橋とか、

 落語の噺(はなし)に頻繁に出てくる地名って、

 たいがいは現存するビッグなところです。


 二つの人情話に、同じ地名が出てきて、

 それが、聞いただけでは、まさか実際にあったなんて

 想像すら出来ないっていう地名が、それがどっこい、あるんですな。


 せんだって話した「文七元結」に登場した長兵衛さんが住んでいたのが、

 本所の「達磨(だるま)横丁」


 あと一つ「唐茄子(とうなす)屋政談」の

 勘当された若旦那が吾妻橋から身投げしようとして助けたのが、

 実の叔父でして、

 彼は、やはり「達磨横丁」に住み、大家をやっている。


 いやね、ネットでふらついていると偶然に「本所達磨横丁」に関した

 ホームページをみっけた。


 なんでも「江戸府内町名俚俗名等切図集覧」という本にその達磨横丁を記

 したものがあったそうですな。

 そのホームページの記事を読んでも、当時の道は整備され、

 今の地図と重ねあわせて見ることが出来ないそうですが、

 どうやら、吾妻橋の南にある駒形橋のたもとあたりから、

 清澄通りは始まっているのですが、

 その東側に平行して走る道がそれだってサ。


 はい、はい、安政三年の地図と今の地図を見比べて、

 墨田区東駒形1丁目の、どれどれ、

 ああ、ここら辺かいなーと、感心しております。


 なぜ、達磨横丁というか?

 まず、googleで「達磨横丁」をキーワードで検索すると、

  http://www.google.co.jp/

 トップにでてきますから、ごらんになってください。

 達磨横丁の写真までございますよ。


 では、我が町日本橋檜物町に関する噺がないか探しに行って来ます。

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