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【江戸雑学草子】 第42回

2004年03月23日

お天道さまと米の飯

 「お天道さまと米の飯はついてまわる」とは、どこに行っても喰いぱぐれ
 が無いと言う事です。


 お腹を空かせていると、誰かが食べさしてくれると言う、助け合いの精神
 が旺盛な江戸人だった事を表していますね。


 さて、彼らが食べていた「ご飯」ってどういう物だっただろうか。


 「三度三度、拝み搗(づ)きの米を喰えるのはお膝もとだからこそだ。
  なんとも有難いことで、...」


 拝み搗(づ)きというのは、杵(きね)を両手で頭の上まで振り上げて搗く米
 の搗き方で、ていねいな搗き方でした。


 ピカピカの白米がふんだんに食べられるのは、江戸人の誇りだったわけで
 す。


 米は、口あたりの良い穀物ですから、少しの塩気があればおいしく食べら
 れる。だから、大したおかずはいらない。


 だから、一汁一菜といって、白飯とみそ汁にたくわんが、中流家庭の一般
 的な朝食のメニューだったのです。


 また、米飯は、まったく脂肪分を使わない献立でも、おいしく食べられる
 から、おかずの選択範囲が広く、脂肪をとりすぎない。


 ご飯といろいろなおかずを交互に食べる食べ方ができる点も、バランスの
 良い食事をして食べ過ぎを防ぐ結果になったんですよ。


 そう言えば、お米だけを食べるダイエット法なんてありましたが、
 そこまでしなくても、昔ながらの献立を採用すれば、ダイエットはOK!


 しかし、精白した米には重大な欠点がありました。


 胚芽部分が取れてしまったために、ビタミンB1の三分の二が失われてし
 まい、必要量を補うことができなくなります。


 ところが、体のなかで白米の糖質を分解するには、充分なビタミンB1が
 必要です。


 そのために、江戸では脚気が非常に多く「江戸患い」とも呼ばれた。
 実際、江戸を離れると、麦や雑穀の飯しか食べないので、ビタミンB1の
 補充ができて、脚気が治る。


 今じゃ、脚気で人が死ぬなんて考えられませんが、
 その原因がビタミンB1不足だとわかるまで、何人もの人が亡くなった。


 日露戦争での戦死者は、4万5千人に対して、脚気で亡くなった兵士は
 3万人だったそうだ。


 玄米食が、ガンに良いと言われていますが、
 おいしい白米に、まだトゲが残っていそうですね。


         参考資料:「大江戸生活事情」石川英輔、講談社文庫。

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