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【江戸雑学草子】 第45回

2004年04月13日

江戸三千両(吉原)

 江戸で一日千両(約八千万円)のお金が落ちる、魚河岸、二丁町の二つと、
 もう一つ遊里として栄えた吉原がございました。


 吉原と聞くだけで、男性読者は目を輝かせ、女性読者は、顔を背けるので
 しょうが、そこで繰り広げられる物語は、まさに人生の縮図で、また、教
 訓とも受け取れるでしょう。


 なんて、一応断っておかないと、中年オヤジがにやけて書いていると思わ
 れちゃァ癪(しゃく)じあァござんせんか。ネェー。


 吉原は元々日本橋にございまして、明暦の大火(明暦三・1657)の後に、
 浅草寺の裏に移転させられました。


 浅草の吉原を新吉原として、旧の吉原を元吉原とそれぞれを区別するため
 に呼ばれています。元吉原が日本橋の何処だと言う確証が得られませんで
 したが、今の日本橋人形町2丁目あたりですね。


 人形町通りから隅田川方面に入り、2本目の人形町通りと平行して走って
 いる道を、今でも「大門(おおもん)通り」として残っていますが、元吉
 原の大門(おおもん)に通じた道でございます。
  http://www.nihonbashi.org/edo/images/ohmon-dori.jpg


 元吉原が幕府公認の遊郭として、元和三年(1617)に建設許可が下りたの
 ですが、当時の吉原は葭(よし)の生い茂った寂しい所でございました。


 それが、明暦の大火を期に、今の場所に移転させられたのは、たった40
 年で急速に町が発展した事を物語っています。


 新吉原も、へんぴな場所でございまして、吉原田圃(たんぼ)を抜けて大
 門に参ります。


  惚れて通えば千里も一里、長い田圃も一跨ぎ、...


 と、吉原へは、徒歩、カゴ、舟で参りますが、馬という時代もあっそうで
 ございます。浅草駅あたりから、土手通りに抜ける通りを「馬道通り」と
 あるのはその名残でございましょうか。


 と言う話は、落語「付き馬」からのネタでございます。「付き馬」とは、
 そもそも、馬子が勘定が足りなかったお客を馬に乗せて送り、取り立てし
 たのでそう呼んだそうでございます。


 後に妓夫(ぎゆう=はしょって「ぎゅう」)という客引きの若い衆にとっ
 て変わられたのでございます。


  宵に格子ですすめた牛(ぎゅう)は、今朝はのこのこ馬になる


 「格子で」とありますのは、見世と道を格子で仕切った部屋がございまし
 て、そこで花魁(おいらん)と呼ばれる遊女が、位の順に坐っています。


 これを「張り見世」ともうします。


 そこで、吉原に遊び(あすび)に来た客が、格子の間から品定めをするの
 でございますが、そういった客は、いわゆる素見(ひやかし)で、ただ見
 物にぶらぶら歩いているだけでございます。


 たいがいの客は、なじみのところに直行か、妓夫に誘われて登楼する。
 誘われてと言いましたが、かなり強引だったそうでございます。


 だから、落語「付き馬」の様に、客の口車に乗せられて、只で遊ばれちゃ
 う話になるんでしょう。


 吉原の大見世(おおみせ=吉原で一番格式の高くまた大きな妓楼)では、
 張り見世はございませんでした。


 客は、まず「揚げ屋(あげや=宝暦後、引き手茶屋に変わった)」に参り
 ます。そこで、お茶を飲んだり、軽い食事などして、遊女が迎えに来るの
 を待ちます。


 遊女は、見世から、黒塗りの三つ葉の下駄をはいて、揚げ屋に迎えに行く
 、その道中が「花魁道中」と呼ばれているものでございます。


 花魁道中の実況中継ってわけじゃございませんが、


  若い者(男性の雑用係)が箱提灯で先導し、新造(しんぞう=自分の部
  屋を持たない遊女)が続きます。


  禿(かむろ=高位の遊女の雑用をする少女)を連れた遊女は「外八文字
  (そとはちもんじ)」という独特な歩き方で歩を進める。


  遊女のあとには番頭新造、遣手(やりて=遊女の取り締まりをする支配
  人)が従います。


 花魁道中は、豪華な衣装の遊女がその全盛をほこる一大デモンストレーシ
 ョンでございました。


 そこで客は、遊女達を引き連れて見世に向かい、揚げ屋をあとにします。


 でも、遊女は、初会(しょかい)と言って、初めてのお客に対しては、一
 言も口をきかないし同衾もしかったそうでございます。


 裏、つまり二会目に初めて肌を許し、三会目になって多額のこころづけを
 渡してようやくなじみ客になります。


  三会目 箸一膳の 客になり


 と、川柳にございますように、なじみになると箸袋に客の名前を書いた専
 用の箸を用意してくれます。


 まぁ、こういった事は、格式と言っても、もちろん遊女の価値を高く見せ
 る営業政策でございます。


 それにころっとだまされる男が大勢いて、それが落語で多く語られる所以
 でしょう。


 八重洲仲通りでも、夕方になると、


 「一時間どうですか?一時間5千円で飲み放題です」とキャバクラの客引
 きの声が通りに響きます。


 そこが地獄の一丁目でござんす。
 くれぐれも、その手は桑名の焼き蛤といきやしょう。


         参考文献:「雑学・大江戸庶民事情」石川英輔、講談社
              「江戸時代館」小学館
              「志ん生古典落語2黄金餅」弘文出版

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