【江戸雑学草子】 第47回
2004年04月27日
亀戸天神藤祭り
インターネットのニュースで、亀戸天神の藤が、4月24日ごろが盛りだ
ろうと言うのを見て、25日の日曜日には必ず見ておこう心に決めていま
した。
25日は午後5時まで、メーカーさんの新製品の説明会があったので、
その前に亀戸に行こうと思いましたが、前日の深酒がたたって果たせませ
んでした。(>_<)
説明会が終わり、少し肌寒い陽気でしたが、まだまだ日が高いし、
思い切って東京駅に向かい、秋葉原で総武線に乗り換え、
亀戸に参りました。
ええ、亀戸は生まれて初めての土地で、地図で、天神様は駅の北側だと目
星をつけていましたから、北口を降りて、こう人差し指をアンテナ代わり
に立てまして、このあたりだなぁと歩を進めました。
明治通りと蔵前橋通りの交差点にいきますと、亀戸天神はこちらと書いて
いるコンクリートの柱がございまして、道に迷うことなく、たどり着きま
した。
天神様は、蔵前橋通りからちょっと奥まったところにあり、藤祭りと書い
た張りぼてのゲートがなくっちゃ通り過ぎてしまいます。
鳥居をぬけると、絵で見たとおり、話に聞いたとおり、境内の池を渡る太
鼓橋がございました。今じゃコンクリート製の階段がついていますが、江
戸の昔は、板張りの、滑り止めの横棒がたたきつけられているだけでした
ので、そうりゃ急な上がり下がりでしたでしょう。
橋の上から藤棚を見ても、葉っぱばかりで、藤の花はよく見えません。降
りていくと、いくつもの棚があり、そこに紫の藤の花の房が垂れ下がって
おります。
浮世絵で見る様な、長ーーいものは見あたりません。50cmぐらいのも
ので、それぞれの房の長さも大して差がございません。
江戸の昔は、藤棚の下に水茶屋が、板を池の上にまで張り出して桟敷席を
作って、お茶やお酒や軽食を振る舞っていたそうです。
今は、藤の下は、一応立ち入り禁止となっており、ベンチもなにもござい
ません。
池を回遊する道の両側に、縁日の屋台店がびっしりつまって商売していま
す。それこそ、冷やでも良いからおいしいお酒を出す店は無いかなと、見
回したが、みつかりませんでした。(T_T;
帰りは、総武線で隣の錦糸町まで行き、総武線快速に乗りかえ、隅田川の
下をくぐって東京駅に向かいました。この道中、ふと石川英輔著「大江戸
遊仙記」の一場面を思い出しました。
主人公と恋人の芸者いな吉が、屋根船に乗り、深川から小名木川を経て横
十間川経由で、亀戸天神に参ります。
蔵前橋通りの横十間川にかかる橋が天神橋で、そのたもとに船着き場があ
って、そこで船を降り、天神様にお参りをしたそうです。
小名木川の両河岸は、大名家の下屋敷が並んで、それぞれの下屋敷に樹木
がうっそうと茂っておりましたから、まるで森林公園の中を進む風情だっ
たでしょう。今じゃ両岸は護岸のためコンクリートで固められ、灰色のビ
ルの裏側しか見えないわけですから、殺風景なことです。
えーーッ、この天神橋のたもとに団子屋があり、その名を「梅見団子」と
申しました。そこの看板娘お三と旗本の若様阿部新十郎との悲恋話が、六
代目古今亭志ん生が語る「怪談阿三(おさん)の森」でございまして、深
川牡丹にある「おさんの森(雀の森)」の由来だそうですが、本当にその
森があったのか、調べ切れずにおります。
藤棚の写真です。
http://www.nihonbashi.org/edo/images/fuji3.jpg
(約29K)
参考文献:「大江戸遊仙記」石川英輔、講談社文庫、467円
|