【江戸雑学草子】 第50回
2004年06月01日
ふざけんないベラボウめ
八重洲一丁目に「とよだ」という老舗の料理屋さんがあります。
http://www009.upp.so-net.ne.jp/y-toyoda/
このお店(うち)は、金曜日の夜だけ、夜中まで営業しています。
その日は、近所の旦那や若旦那衆のたまり場になってしまいました。
この「江戸雑学草子」のはじまりも、そのお店で寿司屋の若旦那と話して
いるうちにストーリーを作り、第一回の「はなやよへいは寿司屋でござー
い(1)」が出来上がりました。
5月29日(金)も、とよだに参りました。
午後11時ごろ、あらかじめ電話をすると、「カウンター席が空いている
からおいで!」と言われたものだから、急いで行きました。
いやね、
とよだは若い人に人気があるから、金曜日の11時は満員で、12時近く
にならないと、席が空かないことが多いのですよ。
「きんき」があるから、塩焼きか煮付けにしようか?と、
とよだの若旦那が私に聞くから、えっ、そんな高いさかな遠慮するよと言
い、でも、なんのさかなか忘れてしまったけど、それを焼いてもらいまし
た。
ここのお店(うち)は、炭を使って焼くから、一味違うんですよ。
もちろん、朝、築地で仕入れた物だから新鮮です。
一杯飲みながら、持ち込んだ「江戸ことば450語」のページをペラペラ
めくっておりまして、ふと目にとまった言葉が「べらぼう」でした。
その説明を目でおいながら、私の前で包丁握っている若い衆に、
「べらぼうって言葉の由来をしってるかい?」と聞いたんです。
こんな言葉を、落語などでしか聞かないし、日本橋でも築地でも、誰も使
わない、それこそ死語ですから、知る由もない。
だから、彼は、手を止めて、首をかしげるだけでした。
「あのさー、料理で使うらしいんだが、ヘラって分かるかい?」
「ヘラですかい??」
「なんか、糊を作るときに使って、米粒をつぶすだそうだが、...。」
すると、焼き物をしていた若旦那が、
「ヘラだろ!」と、
木製の、平たいしゃもじみたいな物を持って私の目の前につきだした。
http://www.yagies.com/images/hera400.jpg
「これ、何につかうんだい?」
「こねたり、混ぜたりするんだよ」
「これだ、この事だ!でも、江戸時代の物をいまだに使っているんだ」
と、感心しておりましたら、
「こんなの、合羽橋(かっぱばし)に行けば、のきに吊して売ってるさ」
江戸じゃ、これを、へらの棒でへらぼうと言ったんですな。
へらぼうで米をつぶすから、へら棒とは、穀(ごく)つぶしとなる。
ですから、穀潰し(ごくつぶし)の役立たずをののしるとき、へらぼうみ
たいなやつという意味で、へらぼうと言った。
しかし、へらじゃしまらねーし、啖呵(たんか)も切れねーってことで、
わざわざ、なまって「べらぼう」になったわけさ。
とよだの若旦那も、若い衆も感心して私の解説を聞いておりました。
ところーが、これは真っ赤な嘘!
話が出来すぎてますよね。
これは「三方一両損」と言う大岡裁きの落語に出てくる説明です。
本当は、「江戸ことば450語」「広辞苑」「大辞林」にあるように、
寛文年間(1661〜1672)、全身真っ黒で頭がとがった赤目の奇人
が見せ物に出されて、これを便乱坊(べらぼう)、部羅坊(べらぼう)と
呼んで、馬鹿、あほ扱いをしたと、書いております。
しかも、べら棒(箆棒)は当て字なのです。
子母沢寛著の「勝海舟」には、親父の小吉の言葉に「べらぼう」が良く出
てきます。そのとき「べら棒」と書いていますねぇ。
便乱坊の時代から170年以上経った小吉の時代には、その語源すら分か
らず使っていたのでしょうか。
しかも、江戸言葉を「べらんめい口調」と言いますが、これはべらぼうを
語源としています。
見せ物にされた便乱坊はきっと鼻が高いことでしょう。
さんざだましやがって、ふざけんないベラボウめ!
と、あいなりました。
参考文献:「江戸ことば450語」澤田一矢、三省堂
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